[原風景 歴史街道 史跡・遺跡] 中項目・目次        HPのトップへ
1.原風景  2.歴史街道  3.史跡・遺跡
2.歴史街道  2-1 近畿 京都 奈良 滋賀 和歌山 兵庫 大阪  2-2 西日本 2-3 東日本

2-1 近畿(京阪神奈和滋)

京都の街道


産寧坂伝統的建造物群保存地区
ねねの道 二年坂 産寧坂 八坂の塔
原風景ページの目次へ

  
京都市東山区にて(8月) 御陵衛士駐屯跡 大雲院南門前ねねの道を行く舞子  クリックで拡大

   
京都市東山区ねねの道にて(8月) ねねの道の道標 北政所御殿跡圓徳院名勝庭園碑  クリックで拡大
写真右は京都市東山区にて(11月) 西行庵 西行法師<1118〜1190>
願わくば花の下にて春死なんその如月の望月のころ

  
京都東山ねねの道にて(11月) 料理旅館元奈古(左の建物)のあたり

写真右はねねの道大雲院前の道標  クリックで拡大

   
京都市東山区ねねの道にて(8月) 道標 女性車夫の引く人力車  クリックで拡大

   
京都東山 にて(11月) 八坂通 夢見坂の舞妓   八坂通 法観寺八坂の塔
クリックで拡大

 
京都東山にて(11月) 高台寺西 石塀小路付近
写真右は高台寺から清水寺に至る東山散策道路「京の坂みち}碑 
クリックで拡大


  
京都市東山にて(TM氏) 高台寺から清水寺への京の坂 一念坂・二寧坂の道標
  二寧坂の説明板

 
京都市東山区清水寺にて(8月)  清水寺参道三年坂碑  右は参寧坂碑

 
京都市東山区清水寺にて(2月) 写真左は東山散策道路 産寧坂 京の坂道碑 右は清水門前の扇子店

 
京都市東山区清水寺にて(2月)  清水門前町


京都市東山区 産寧坂伝統的建造物群保存地区 (2008年1月7日) クリック拡大
 (京都市役所HPの保存地区参考地図より)


宇治市 あじろぎの道
このページの目次へ


 
京都府宇治市にて(7月) 平等院の東の宇治川畔 喜撰橋とあじろぎの道 
クリックで拡大

 
京都府宇治市にて(7月) 宇治川料亭街と鵜飼観光船 右は喜撰橋 クリックで拡大

 
京都府宇治市にて(7月) 喜撰橋を渡ると塔の島 十三の石塔 クリックで拡大


  
京都府宇治市にて(7月) 宇治川の中洲 塔の島より 左写真は対岸の宇治発電所からの放水
中央の地図は平等院、あじろぎの道、喜撰橋、対岸の発電所の位置関係を示す。川は地図の右下から左上に流れる。
右写真は宇治川、川は右から左に流れて塔の島で二つに分かれる。 
写真地図ともにクリックで拡大 


嵯峨鳥居本伝統的建造物群保存地区
京都嵯峨 
愛宕街道
このページの目次へ

 
京都市嵯峨野にて(6月) 愛宕街道 左は化野念仏寺参道  街道は愛宕山、愛宕神社に至る

 
京都市嵯峨野にて(6月) 愛宕街道参道から化野念仏寺 西院の河原
右は街道に面して立つ石碑 
クリックで拡大

   
京都市嵯峨野にて(6月) 愛宕街道 この付近は歴史的風土特別保存地区   クリックで拡大


都市役所HPより 嵯峨鳥居本保存地区参考図  
クリックで拡大


大山崎町 秀吉の道

このページの目次へ


京都府乙訓郡大山崎町にて(10月)秀吉の道 秀吉軍が明智攻めに登った天王山への道
大山崎町が標高270mの天王山へのハイキングコースとして、陶板による案内板など整備している

 
京都府乙訓郡大山崎町にて(10月)秀吉軍が明智攻めに登った天王山への道 左へ曲がるとサントリー美術館


京都市北区 きぬかけの路
このページの目次へ

 
京都市北区にて(11月) きぬかけの路 
クリックで説明碑拡大
京都市北区金閣寺から右京区御室仁和寺方面に抜ける衣笠山の南を通る道
宇多天皇になじみの衣笠山を昔、「きぬかけ山」と呼ばれた
ことに因んで平成三年にきぬかけの路と名付けられた。


京都市きぬかけの路にて(11月) 立命館大学


京都市衣笠山きぬかけの路にて(11月) 地層

*ネットきぬかけの路より転載


福知山市 旧市街
このページの目次へ

 福知山市にて(3月) 旧市街 

 福知山市にて(3月) 松村組創始者松村雄吉氏の旧邸

福知山市にて(3月) 谷垣 禎一 自民党総裁生家 谷垣氏HP

福知山市にて(3月) 丹波生活衣館


宇治市 さわらびの道
このページの目次へ

 宇治市 さわらびの道付近にて(2月)
総角(あげまき)
 
 宇治市 さわらびの道付近にて(2月) 
 あげまきの古跡石標とさわらび道標(
クリックで拡大) 

  
宇治市にて(7月) 観流橋からの宇治川中之島風景 右は興聖寺北側の宇治発電所放水路 
クリックで拡大

 
宇治市にて(7月) 興聖寺および塔頭東禅院の前の宇治川風景 正面の塔の島には十三の石塔 クリックで拡大
石塔の右奥に宇治平等院鳳凰堂がある


哲学の道 如月小路 花見小路
このページの目次へ

 京都東山にて(6月) 琵琶湖第2疎水と哲学の道 

 京都東山にて(6月) 琵琶湖第2疎水と哲学の道 

京都東山にて(6月) 銀閣道より慈照寺総門へ

 京都東山にて(6月) 銀閣から西に伸びる参道

 
西田幾多郎、田辺元、三木清らの哲学の道にて(TM氏)    京都東山にて(11月) 円山公園奥料亭左阿弥  


京都市下河原通にて(11月) 奈良町と同じ「身代わり猿」

 
京都市 東山 祇園 
八坂女紅場学園(やさかにょこうばがくえん) カリキュラム

       

八坂神社の手前の如月小路にて(TM氏)
クリックで拡大 八坂女紅場学園は
都をどり
祗園甲部歌舞練場に付属する芸事専門学校

京都市 花見小路(TM氏)

京都市東山にて(1月) 花見小路 道路右奥に一力


 東山建仁寺にて(2月) 正伝永源院から見た祇園歌舞練場


奈良
奈良の街道
このページの目次へ

橿原市今井町
江戸時代の景観を今に残す環濠土居を築いた自治都市

竹田街道の終点の東、堺の豪商で茶人の今井宗久を生んだ町
豊田家にあった宗久の茶室は小田原を経由して堺市大仙公園に保存されている

称念寺を中心とした今井町は、周囲に環濠土居を築いた城塞都市。東西600m、南北310m、1100軒、
人口約4,000人の豊かな町であった。町は6町に分かれ、9つの門から濠を渡り、外部と連結した。内部の
道路は敵の侵入に備えて屈折させ、見通しがきかない。江戸中期になると軍事目的よりも、商人の財産を
守る町となった。今も江戸時代の町並を保ち、今西家を始め多くの民家が国、県指定の重要文化財である 

大阪堺のような自治都市はこの今井町のほか、大阪平野の
平野環濠都市にも見られる。

 
橿原市今井町にて(5月) 今井まちなみ交流センター「華甍」(県指定重文) クリックで拡大
明治36年(1903)高市郡教育博物館、昭和4年の頃、今井町役場に使用されていた。

   
橿原市今井町にて(5月) 豊田家(旧牧村家 国重文) 今井宗久の茶室があったと言う   クリックで拡大
宗久が戦国時代末期、牧村家(現豊田家)に建てた茶室は、電力業界の松永安左衛門が昭和15年(1940)に豊田家より買い受け
小田原市に移築し、黄梅庵(おうばいあん)と名付けた。その後、昭和53年(1978)、相続人松永安太郎が無償で堺市に寄贈し、
堺市制90年記念事業の一環として昭和55年(1980)、大阪府堺市大仙公園内に移築された。
大仙公園のページへ


   
橿原市今井町にて(5月) 紙半豊田記念館(宗久の茶室のあった豊田家の本家筋)

 
橿原市今井町にて(5月) 国の重要文化財今西家(本町筋側、右は西環濠側) 
クリックで拡大

   
橿原市今井町にて(5月) 今井町飛鳥川の蘇武井の石碑と蘇武橋の樹齢420年の榎 写真クリックで拡大
左写真の石碑には
今井ソンボの朝水汲みは桶がもるやら涙やらとうたの一節が刻まれている

 
橿原市今井町にて(5月) 今井町飛鳥川の蘇武井(そぶのい)
飛鳥時代に、聖徳太子が斑鳩宮より太子道を経て、曽武々の橋をわたり、八木の里を経て橘宮に通われ、
太子は秦河勝から献上された愛馬甲斐の黒駒を伴って曽武(蘇武)井で休憩したと伝わる。この清き井から今井と号したとある。


  
橿原市今井町にて(5月) 今井町本町筋 左から今井郵便局はじめ本町筋の町並  クリックで拡大

 
橿原市今井町にて(5月) 今井町大工町筋(西から東を見る、右写真は東から西を見る)


橿原市今井町にて(5月) 
河合家(国重文) 蔵元の酒林(杉玉)
クリックで拡大

橿原市今井町にて(5月) 河合家道具類
クリックで拡大

橿原市今井町にて(5月) 壷類 クリックで拡大

    
橿原市今井町にて(5月) 蔵元河合家(国重文)の甕、嫁入り輿と酒林(杉玉)  クリックで拡大

    
橿原市今井町にて(5月) 河合家(国重文)の竈、甕、説明板      クリックで拡大 

 
橿原市今井町にて(5月) 吉村家住宅(県重文) 右は音村家(国重文)住宅 写真クリックで説明板

 
橿原市今井町にて(5月) 上田家住宅(国重文) 右は山尾家住宅(県重文)写真クリックで説明板

 
橿原市今井町にて(5月) 高木家住宅(国重文)と現在の表札  写真クリックで説明板

  
橿原市今井町にて(5月) 旧米谷家住宅(国重文)  写真クリックで拡大

 
橿原市今井町にて(5月) 明治天皇が立ち寄られた称念寺 右は今井町案内図 クリックで拡大


伊勢街道
安倍文殊院付近

このページの目次へ
伊勢街道は各所から伊勢に至る旧街道で何本もある。ここの伊勢街道は
大坂から竹内街道、竹之内峠、八木、安倍山仁王の辻、長谷寺を経て伊勢へ至る道

  
桜井市安倍文殊院にて(6月) 文殊院門前仁王の辻にあった道標 クリックで駒札拡大
平成20年に開創された神仏霊場150社寺の21番札所選定記念に境内で保存されることとなった
駒札 伊勢神宮への大道標(1.5m高 60cm幅)の内容から
<写真左>左正面に「右はせ(長谷)いせ(伊勢)、左たへま(當麻)大坂道」
・・・・・・・・・・
・・・・・・・・・・・・・
右側面に「あへ(安倍)をか寺(岡寺)、よしの(吉野)かうや山(高野山)」
・・・・・・・・・・・・<写真右>右正面は写真左の左正面と同じ、
左側面に「右あべ山(安倍)、をか寺(岡寺)みち」
左側面に「右あへ山(安倍)、をか寺(岡寺)みち」
・・・・・・・・・・・・・

明日香村飛鳥の町並み



奈良県飛鳥坐神社前にて(2月) 明日香村飛鳥付近 


山の辺の道
このページの目次へ

 
奈良市新薬師寺にて(9月) 新薬師寺横の山の辺の道

  
奈良県桜井市 山辺の道 大直禰子神社(おおたたねこじんじゃ) 若宮社と山辺の道道標


滋賀
滋賀の街道
このページの目次へ
史蹟草津宿本陣のページへ

  
草津市にて(11月) 艸津川南端の旧道標と街道説明板   クリックで拡大
標識には「右東海道いせみち(伊勢道) 左中仙道美のぢ(美濃路)」とある (街道図参考)


   
草津市にて(11月) 草津宿本陣楽座館の街道図と本陣説明板   クリックで拡大

   
草津市にて(11月) 艸津川(くさつかわ)標識とその川の下を往く中山道と街道説明板   クリックで拡大

 
草津市にて(11月) 草津宿本陣(國指定史蹟)玄関  右写真は旧東海道に面した本陣建物 
館内案内図 クリックで拡大

 
草津市にて(11月) 草津宿本陣の庭    
クリックで拡大

  
草津市にて(11月) 草津宿本陣の蔵と楽座館内部 右端は明治時代の郵便箱の複製(使用可) 
クリックで拡大
草津宿本陣は史蹟草津宿本陣のページへ


近江八幡・朝鮮人道
このページの目次へ

 
近江八幡にて(11月) 八幡堀

 
近江八幡にて(11月)  八幡堀

 
 近江八幡にて(11月) 八幡堀 写真クリックで八幡堀の説明

 
近江八幡にて(11月) 新町通り

 
 近江八幡にて(11月) 新町通り 

 
 近江八幡にて(11月) 白雲館    右は瓦のモニュメント

 
 近江八幡にて(11月) 右はメンソレの近江兄弟社

 
 近江八幡にて(11月) 日牟禮八幡宮

 
 近江八幡にて(11月) 伴家住宅 

 
 近江八幡にて(11月) 新町通り 旧西川家住宅

 
近江八幡にて(11月) 新町通り 西川甚五郎邸宅  右は京街道×新町通り 市立資料館 このあたりが朝鮮人道
寺院は魚屋町元にある。魚屋町中との間の街道は朝鮮通信使が行列したという 朝鮮人街道地図 部分拡大図

 
 近江八幡市にて(11月) 浄土宗寶積寺 本堂と山門



和歌山
和歌山の街道
このページの目次へ
熊野古道

熊野古道は熊野三山(熊野本宮大社、熊野速玉大社、熊野那智大社)への参詣道の総称。
主に以下の5つの道を指す。@紀伊路(大阪天満 渡辺津-田辺)A小辺路(高野山-熊野三山)
B中辺路(田辺-熊野三山)C大辺路(田辺-串本-熊野三山)
C伊勢路(伊勢神宮-熊野三山)

 
 
和歌山県にて(10月) 熊野神域へ 熊野古道 中辺路なかへち滝尻王子付近  右は世界遺産説明碑(クリックで拡大

   
和歌山県にて(10月) 滝尻王子の熊野古道起点の道標

 
和歌山県にて(10月) 滝尻王子の熊野古道起点の道標  
左写真クリックで拡大

和歌山県にて(10月)

熊野古道を滝尻王子
から少し入った
ところに、根が岩を
抱いた松がある

悠久の時の流れを
感じさせる

滝尻王子(たきじりおうじ)。
滝尻王子宮十郷神社
〈たきじりおうじみやとごうじんじゃ〉
とも称される
写真はネットより転載

   
和歌山県にて(10月) 熊野本宮大社大鳥居 中央が拝殿 右は三本足の八咫烏

 
和歌山県にて(10月) 熊野本宮大社 右が本社 主神は家都御子大神(けつみこのおおかみ)
本社の
千木は横に切ってある   両写真クリックで拡大

   
和歌山県にて(10月) 熊野古道館クリックで拡大) 滝尻王子の説明乳岩伝説案内


滝尻王子に立てられた熊野古道案内図 図クリックで拡大

 
和歌山県にて(TM氏) 発心門王子 右は熊野古道 牛馬童子口


和歌山県 世界遺産説明碑  熊野古道
中辺路(なかへち)発心門王子にて (TM氏)

熊野古道の一風景 (TM氏)
   

元熊野本宮大社鳥居


(TM氏)

世界遺産 熊野本宮大社にて 
(TM氏)
九十九王子とは 熊野古道沿いの神社をいう。
熊野詣の先達(熊野修験)の手で組織された神社等。
王子とは熊野権現の御子神でもあるという。


写真クリックで中辺路にある世界遺産碑


兵庫
兵庫の街道
このページの目次へ

湯山街道


有馬街道は、大阪、神戸、京都から有馬温泉に至る街道であり、小浜(宝塚市)、
生瀬から有馬温泉迄、別名湯山街道と呼ばれた。京都から西国街道を池田で分岐し小浜で
合流するルートは、羽柴秀吉が三木城攻めの折に、
有馬温泉から三木まで延長整備
したので、姫路から京都への最短ルートとして利用され、姫路、有馬温泉間も
有馬街道または湯山街道と呼ばれた。


 
 兵庫県三木市 湯ノ山街道にて(6月)  道場洋三でなじみの歴史街道 三木

 
兵庫県三木市 湯ノ山街道にて(6月) 刃物の町 包丁店 三木市観光地図  金物古式鍛錬


三木城主 別所長治公・照子夫人の首塚
雲龍寺−長治公首塚 三木城外にある

神戸電鉄粟生線
恵比寿駅

 兵庫県三木市 湯ノ山街道にて(6月)

   
 
 兵庫県三木市 湯ノ山街道にて(6月)
 
写真クリックで説明板を拡大

兵庫県 三木鉄道 平成19年歴史街道ハイク

   

兵庫県 三木鉄道 三木駅 平成20年廃線
写真は平成19年に撮影
写真クリックで終点厄神駅での車両
兵庫県三木城にて(6月) 
別所長治 辞世の句 写真クリックで拡大
今はただ 恨みもあらじ 諸人の
 命にかはる わが身と思へば


三木城は古城の頁へ


西宮街道
このページの目次へ

廣田神社門戸厄神東光寺から西国街道から分岐し、甲東村、上大市、
小林・良元村、伊孑志を経て小浜宿へ通じる街道で、馬街道の別称もある。
酒造のためのお米や酒を運搬した街道である。平林寺はこの街道筋にある。



宝塚市 西宮街道 有馬街道
湯山街道の交差点
小浜宿
写真クリックで説明書
(TM氏)


出石京街道
このページの目次へ

京の七口の一つ、丹波口を起点として、樫原を経由し老の坂を越えて丹波国に入り、
亀岡、園部、三和を経て福知山に達し、夜久野を経て出石、豊岡へと繋がっている

兵庫県 出石から京都に至る 京街道の出発点
出石城前にて(10月)

兵庫県 出石城前にて(10月) 辰鼓楼
 


西国往還付替道 徳川道
このページの目次へ

徳川道」は開国を迎えた江戸末期、外国人とのトラブルを避けるため、
神戸を迂回して灘区石屋川から六甲越えで明石に向かう往還付替道である。
慶応3年(1867)に完成。穂高湖畔を通っている。


写真クリックで拡大して読めます


大阪
大阪の街道
このページの目次へ

渡辺津-熊野古道への出発点

昔、熊野詣に際し、天皇御一行は京都御所を発ち、鳥羽伏見の城南宮で方除け祈願を行い、
淀川を下りここ大阪天満、渡辺津(八軒家浜)に上陸して熊野古道へと向かわれたという。

摂津一宮坐摩神社、真宗石山本願寺も一時ここに置かれ御堂筋へと移っていった。
御堂筋の真宗大谷派本願寺本山はは江戸初期に京都に移り東本願寺となった。


天満付近にて(11月) 熊野古道への渡辺津(八軒家浜)
昔、京から淀川を下りここに上陸して熊野詣でが行われた 
クリックで拡大





天満付近にて(11月) 八軒家浜
淀川水運の大阪上陸地 
クリックで拡大



竹内街道
このページの目次へ

竹内街道は日本書紀に記された難波(大阪)より京(飛鳥)に至る日本最古の
官道で、大阪の古市古墳群、百舌鳥古墳群と飛鳥を繋ぐ道路でもあった。現堺市から、
羽曳野市、二上山の竹内峠を経て、奈良県葛城市の竹内集落、長尾神社付近に至る

約26kmの街道。中世には伊勢街道の一部としても使用された。


羽曳野市にて(4月) 竹内街道「であいのみち施設」 
クリックで拡大

 
 河内長野太子町にて(1月) 大阪と奈良を葛城越えで結ぶ「竹内街道」 


能勢街道
このページの目次へ

能勢街道は、大坂中津を基点とし、十三、三国、庄内、服部、岡町、石橋、池田、木部、
古江、多田、一の鳥居から尾根筋を通り妙見山へ至る旧街道。沿道には神崎川の三國の渡し、服部天神、
東光院(萩の寺)、原田神社、多田神社など社寺があり、参拝路としても賑わった。明治9年(1876)に
太政官達60号で道路の等級は、能勢街道が大阪府下で一等縦貫線(3本ある)に掲げられている。
能勢妙見、池田、多田銀山に通ずるところから妙見街道とも呼ばれた(参考)。



池田市にて(12月) 能勢街道道標 写真クリックで拡大

池田市にて(12月) 能勢街道が石橋商店街に

 
池田市にて(2月) 能勢街道と有馬街道共通部分 左は東方向 右は西方向 能勢街道・有馬街道

 

池田市井口堂にて(12月) 能勢街道道標  写真クリックで池田市観光マップ 能勢街道と有馬道が交差


池田市鉢塚にて(12月) 能勢街道道標 
クリックで拡大

池田市にて(3月) 石橋商店街 能勢街道

大阪落語にも登場する
能勢街道、神崎川の三国の渡し跡
写真クリックで読めます
三国橋 
大阪の橋の所在地図


余野街道
このページの目次へ

豊能郡細川村大字木部にて能勢街道より右派し、東行北折して久安寺川の渓流に沿ひ同郡止々呂見村の山間を屈曲し
東能勢村に入り、大字余野にて亀岡街道に聯絡せり。延長三里十七町二十五間、幅員は山澗に入り、頗狭隘にして僅々八尺に
充たざる所ありといへども、薪炭の輸出盛にして又時々妙見山参詣の客を見る。」(明治36年「大阪府誌」より)(参考





有馬街道(有馬道)
湯山街道
このページの目次へ

有馬街道は、大阪、神戸から有馬温泉に至る街道であり、歴史的に三つのルートがあった。
1.
.神崎、伊丹、小浜(宝塚市)、生瀬から有馬温泉迄で別名湯山街道という。このルートは
歴史が古く、有馬温泉へ天皇や貴族、武家が利用した。京都から西国街道池田で分岐し小浜で
合流する道も有馬街道(有馬道)と呼ばれた。また、羽柴秀吉が三木城攻めの折に、この街道
を有馬温泉から三木まで延長整備したので、姫路から京都への最短ルートとして利用され
姫路、有馬温泉間も有馬街道または湯山街道と呼ばれた。2.深江(神戸)、雨ヶ峠(六甲)、
有馬温泉への道で、六甲山越えで魚を早く運ぶ、魚屋道 (ととやみち)と呼ばれた。
3.平野(神戸市)、天王谷、山田(神戸市)、唐櫃、道場、三田ルートである。




西国街道
このページの目次へ


池田市にて(8月) 西国街道の道標

 
池田市にて(8月) 西国街道東石橋駅方面  写真右は西十二神社方面


西国街道・半町本陣
このページの目次へ

 


瀬川・半町本陣跡説明板 クリック拡大
このページの目次へ



西日本

[原風景 歴史街道 史跡・遺跡] 中項目・目次
1.原風景  2.歴史街道  3.史跡・遺跡
2.歴史街道  2-1 近畿  2-2 西日本 高知 山口 2-3 東日本

2-2 西日本(中国・四国以西)

高知
高知の街道
このページの目次へ

新土佐街道

新土佐街道は高知道はほぼ
旧街道に沿っている

旧土佐街道は南国市領石〜本山町〜
立川〜笹ヶ峰〜馬立〜川之江〜



山口
山口の街道
このページの目次へ

山口県岩国市にて(10月) 昌明館

山口県岩国市にて(10月) 吉川史料館前通り

山口県岩国市にて(10月)江戸時代の風情を残す旧市街

山口県岩国市にて(10月) うだつ 

  
山口県岩国市にて(10月) 錦雲閣                        目加田家住宅


山口県岩国市にて(10月) 旧武家屋敷


東日本
             [原風景 歴史街道 史跡・遺跡] 中項目・目次         HPのトップへ
1.原風景  2.歴史街道  3.史跡・遺跡
2.歴史街道  2-1 近畿  2-2 西日本 2-3 東日本 三重 石川 岐阜 長野 

 2-3東日本(中部北陸以東)
この頁の目次へ

三重
三重の街道
関宿

三重県亀山市 東海道47番目の宿場町 関宿 文化庁

三重県 亀山市 関宿 景観保全地区

土山宿

 三重県
東海道第49番目の宿場町
 土山宿 


伊勢おかげ横丁

 
伊勢にて(10月) 内宮横のおかげ横丁


石川
石川の街道
このページの目次へ
金沢茶屋町

  
金沢市 主計(かずえ)町郭跡 茶屋街 (TM氏)

 
金沢市 郭跡 東茶屋街 (TM氏)

 金沢市 長町 大屋家(TM氏)

長町 
武家屋敷跡  (TM氏)

金沢市 長町 野村家 (TM氏)

金沢市 長町 高田家 (TM氏)

 
金沢市 にし茶屋町 (TM氏)

 
金沢市 にし茶屋町 (TM氏)


岐阜
岐阜の街道
このページの目次へ

高山

 
高山 街並保存地区 上三之町


高山市市街地景観保全地区  上一之町付近

陣屋前の「中橋」 右の山が高山城址


馬籠宿


 岐阜県馬籠にて(5月) 島崎藤村馬籠宿


 岐阜県馬籠にて(5月) 島崎藤村馬籠宿

 岐阜県馬籠にて(10月) 旧中山道馬籠宿

 
 岐阜県馬籠にて(5月) 中津川市 旧中山道馬籠宿の石標と街道風景

 
岐阜県中津川市 旧中山道馬籠宿 島崎藤村記念館  右は馬籠大黒屋


長野
長野の街道
このページの目次へ
妻籠宿

長野県  妻籠宿 わが国景観保全事業第1号) 

 長野県妻籠にて(10月) 旧中山道 

長野県 信州で出くわす道祖神

長野県 妻籠宿本陣 写真クリックで説明板
長野県南木曽町妻籠宿の脇本陣・造り酒屋
(屋号は奥谷)であった林家の屋敷

建物は明治10年(1877)に建築の総檜造り
島崎藤村初恋の「おゆふさん」の嫁ぎ先
座敷に藤村の詩「うてや鼓」が掛かっている

うてや鼓島崎藤村若菜集より)
うてや鼓の春の音 雪にうもるゝ冬の日の
かなしき夢はとざされて 世は春の日とかはりけり
ひけばこぞめの春霞 かすみの幕をひきとぢて
花と花とをぬふ糸は けさもえいでしあをやなぎ
霞のまくをひきあけて 春をうかゞふことなかれ
はなさきにほふ蔭をこそ 春のうてなといふべけれ

写真左は長野県妻籠宿脇本陣 奥谷の座敷
にて    

長野県南木曽町にて(10月) 南木曽町博物館 
 脇本陣奥谷歴史博物館(重文) 
 島崎藤村の初恋の相手「ゆふ」さんの嫁ぎ先 

 長野県南木曽町にて(10月) 妻籠本陣 
 島崎藤村の母の生家 
  


奈良井宿


長野県塩尻市 中山道中仙道) 奈良井宿 雑誌より転載

 
長野県塩尻市にて 木曾 中山道(中仙道) 奈良井宿 写真の橋は樹令300年以上のヒノキを組んだもの 右写真は雑誌より転載



参考インタネット一覧表 *歴史街道 *世界遺産 *原風景1 *原風景2 *原風景3 *日本風景協会 *日本の歴史風土

このページの目次へ