[句碑・歌碑・碑文] 中項目・目次            HPのトップへ
1.句碑  2.歌碑  3.布引滝歌碑  4.小倉百人一首歌碑  5.碑文

1.句碑  1.1大阪 1.2兵庫 1.3京都 1.4滋賀 1.5奈良 1.6和歌山 1.7北陸 1.8四国・中国 1.9その他 

大阪
1.1 大阪の句碑
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茨木市茨木弁天にて(4月) 稲畑汀子(高浜虚子の孫) クリックで拡大
春秋を極めてしだれ桜かな 句碑を拡大

 
茨木市茨木弁天にて(4月) 「生まれたる蝉にみどりの橡世界」 田畑美穂女
田畑美穂女は大阪道修町の問屋に育ち、なにわ文化にあこがれ、高浜虚子に師事、『ホトトギス』同人
右は茨木市茨木弁天にて(4月) 「山路きて今日の出会いの蝶なりし」作者不詳

 
大阪市和光寺阿弥陀池にて(3月) 宝井其角<1661〜1705>
「仇(あだ)なりと花に五戒のさくらかな」
右は作者は不明
「花にこころさりてうしろあゆみかな」 クリックで拡大

 
大阪市和光寺阿弥陀池にて(3月) 句碑解読中 
クリックで拡大


大阪市都島区にて(3月) 蕪村生誕地碑 クリックで拡大
蕪村<生年不詳〜1783>
春風や堤長うして家遠し

 
 大阪市都島区蕪村公園にて(3月) 蕪村<生年不詳〜1783> 
クリックで拡大 
芭蕉去りて そののちいまだ 年くれず」楠の根を 静かにぬらす しぐれ哉」


都島区蕪村公園にて(3月) 蕪村作の芭蕉旅立ち図 クリックで拡大

 
 大阪市都島区蕪村公園にて(3月) 蕪村<生年不詳〜1783> クリックで拡大 
なの花や 月は東に 日は西に」「春の海 終日 のたりのたりかな」

 
 
大阪市都島区蕪村公園にて(3月) 蕪村<生年不詳〜1783> クリックで拡大 
「柳散り 清水涸れ 石処々」「閻王の 口や牡丹を 吐かんとす」

 
 大阪市都島区蕪村公園にて(3月) 蕪村<生年不詳〜1783> クリックで拡大 
「夕風や 水青鷺の 脛をうつ」「悲しさや 釣の糸ふく 秋の風」

 
 大阪市都島区蕪村公園にて(3月) 蕪村<生年不詳〜1783> クリックで拡大 
夏河を 越すうれしさよ 年に草履」「鳥羽殿へ 五六騎いそぐ 野分かな」

 
 大阪市都島区蕪村公園にて(3月) 蕪村<生年不詳〜1783> クリックで拡大 
いな妻や 浪もてゆへる 秋津島」「遅き日の つもりて遠き 昔かな」

 
 大阪市都島区蕪村公園にて(3月) 蕪村 クリックで拡大 
斧入れて 香におどろくや 冬木立」




高槻市摂津峡にて(6月) 山口誓子<1901〜1994>の句碑

流螢の自力で水を離れ飛ぶ クリックで拡大


大阪市西区土佐稲荷神社にて(1月)
宝井其角<1661〜1707>の句碑 
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明星や桜さざめぬ山かつら



堺市大仙仁徳天皇陵前にて(5月) 摩天郎「ふるさとは大仙陵のあるところ

 
堺市堺区祥雲寺にて(1月) 祥雲寺庭園 の句碑  クリックで拡大
左は
大野翠峰<1891〜1969> 重陽の松かげ青し石の肌
右は翠峰に師事した岸本如草<生没年不詳>の句碑

 
羽曳野市 高野山真言宗青龍山野中寺にて(4月) 句碑 クリックで拡大
左歌碑 「山門をくぐれば緑の野中寺」 作者不詳
右歌碑 「たたみくる雲厚けれど十三夜」 鴈来

大阪市天王寺区夕陽丘大江神社にて(5月) 句碑(1本に四つの俳句あり)
この句碑は正方形の石柱の四面にそぞれに句が刻まれている珍しいもの
写真左より 
句碑の写真はクリックで拡大します
あかあかと 日はつれなくも 秋の風」 松尾芭蕉<1644〜1694
よる夜中 見ても桜は 起きて居る」 松井三津人<生年不詳〜1822>
綱の子の 名にやあるらん 杜宇」 千季
春風の 夜は嵐に 敷れ鳧」 
加藤暁臺1732〜1792


大阪市天王寺区宰相山公園三光神社にて(5月) 句碑の左側より
「雉子なくや宰相山の朝ぼらけ」六々閑人<生没年不詳>
「子狐のかくれ貌(がお)なる野菊かな」 
蕪村<1716〜1784>
「願かけるくくわんほどく真田山 穴のあくまで神をいのらん」
白縁斎
<1737〜1805>


大阪市生国魂神社にて(8月)

松尾芭蕉<1644〜1694>
菊に出て 奈良と難波は 宵月夜

堺市堺区妙國寺にて(1月) 句碑
正岡子規<1867〜902>
 「朝寒や蘇鉄見に行く妙國寺

 
和泉市松尾寺にて(4月) 句碑 西川喜久男(漂花)<生年不詳> 
「山門のあたりいよいよ秋高し」

 
南御堂にて(12月) 松尾芭蕉(1644〜1694)辞世
旅に病で夢は枯野をかけまはる
芭蕉は元禄7年(1694)秋、伊賀から大阪に着いたが病気になり、10月12日南御堂前の花屋
仁左衛門の屋敷で51歳の生涯を閉じた。句碑は、後に天保の俳人達によって建立。
この句のあとの1句「
清滝や波に散り込む青松葉」が最後の句らしい。


大阪市南御堂にて(12月) 
山口誓子<1901〜1994>
金色の御堂に芭蕉忌を修す

南御堂にて(12月)
阿波野青畝<1899年〜1992>
翁忌に行かむ晴れても時雨れても

藤井寺市道明寺天満宮にて(4月) 句碑
小林一茶<1763〜1828>
青梅や 餓鬼大将が 肌ぬいで

藤井寺市道明寺天満宮梅林にて(4月) 句碑
今村泗水<生年不詳>
早梅の 片はなびらを 立つるあり


藤井寺市道明寺天満宮にて(4月) 句碑 作者不詳
「母の手に 稚児の冠 菜種御供」
「宝物殿 今日紅梅に 開けてあり」



藤井寺市道明寺にて(4月) 句碑
虚子の弟子  伊藤柏翠<1911〜1999>「
大安で吉日梅の道明寺
虚子の孫 坊城中子<1928〜>「
国宝を守る御寺の虫しきり

大阪市平野区
大念仏寺にて(1月)
小林一茶<1763〜1828>

はる風や
 順禮ともが
  ねり供養


天王寺区
四天王寺にて
(12月) 
生田南水
<1860〜1934>
ふる花の
ちりりたらりや
聖霊会

天王寺区四天王寺にて(12月) 
生田 花朝<1889〜1978>
行く春の
 島は人住む
  煙かな

花朝女
(生田南水の娘)

 
 大阪市住吉大社にて(7月) 中村若沙(なかむらじゃくさ)<1894〜1978> 「初夢のあまたの歌の神に逢ふ参考 
右は住吉大社にて(7月) 高木石子<1916〜.1993 > 「住吉の松にちりばめ初霰

 
箕面市 勝尾寺にて(11月) 山口誓子<1901〜1994> 「ひぐらしが下界に鳴けり皇子のため
右は大阪府茨木市総持寺にて(3月) 作者不詳 「一山の蝉一山の声となる

 
豊中市曽根曹洞宗別格寺院仏日山東光院萩の寺にて(9月)(TM氏) 
田村木国(1889〜1964) 「
狩りくらは大月夜なり寝るとせん
右は同萩の寺にて(9月)(TM氏)  正岡子規<1867〜902> 「ほろほろと石にこぼれぬ萩の露

高浜虚子<1874〜1959>
の句碑2首2002年(平成14年)の建立。
於もひおもひに坐りこそすれ萩の縁」
「我のみの菊日和とはゆめ思はじ


豊中市曽根 曹洞宗別格寺院 
仏日山東光院萩の寺にて(9月)(TM氏)
*萩の寺

相島 虚吼(あいじま きょこう)<1867〜1935年>
雛の座にカチカチ山の屏風哉
   「登山口道に画きて教えけり

  「放屁虫
(へひりむし)貯へもなく放ちけり
   「飼主を甘ったらかす火燵かな


豊中市曽根 曹洞宗別格寺院 
仏日山東光院萩の寺にて(9月)(TM氏)


青木月斗(げっと)<1879〜1949>
門前すでに丈余の萩の盛りかな
子規門下で水落、露石らと共に
当時の大阪俳壇の重鎮
明治31年(1898)阪満月会を創設


写真右は四条畷神社にて(1月)
楠公のほまれを讃へ風薫る
月甫
<詳細不詳>


 
大阪造幣局通り抜けにて 本田渓花坊 <1890〜1987> 
大阪に花の里あり通り抜け」  (上)左写真クリックで拡大
右は内藤光枝<一般参加者> 「花の名をいくつ覚えた通り抜け

元池田市長 武田義三
水月に
 香り止むる秦の梅

池田市水月公園にて(5月)
昭和49年建之
池田市長 武田義三

(上) 後藤比奈夫 <生年調査中>
秋思祭すみしやすらぎ月にあり
大阪天満宮にて 昭和59年建碑


(右)大阪で俳誌「大樹」を主幹、
生活俳句を唱えた

北山河
(きたさんが)<1893〜1958>
船渡御へ見せて浪花の土性骨
大阪天満宮にて 明治35年建碑

松尾芭蕉 <1664〜1740>
楳咲て
 よろこぶ鳥の気色かな

大阪天満宮にて 明治26年建碑
楳」は「梅」のことである

西山宗因の弟子
小西来山
 <1654〜1716>
夜の明けて
尾花大きく成りにけり

大阪天満宮にて 
小山来山直筆から
写真クリックで拡大
 
江戸前期の俳人、連歌師
大阪天満宮連歌所の宗匠で
芭蕉に影響を与えた
梅翁 西山宗因
 <1605〜1682>
 「
なかむとて花にもいたし首の骨
大阪天満宮にて  写真クリックで拡大
砂丘会
俳句と俳画の
竹中 碧水史(へきすいし)<1929〜 >

禅林の
実相として
椿落つ

池田市五月山大広寺にて
参考

花谷和子<1922〜>
宙という
 美しきもの
  雪舞えり

池田市久安寺にて
日野草城(ひのそうじょう)<1901〜1956>に師事
岡本 安谷地厚 <不明>
法師蝉
薮の彼方に
止みにけり

池田市久安寺にて

作者不詳<不明>
「・・・・・」
池田市久安寺にて
作者等を調査中

作者不詳<不明>
かなかなや 山に安堵る
・・・・・

池田市久安寺にて
作者等を調査中

作者不詳<不明>
花に昏れ 瀧は己れの
音にかえる

池田市久安寺にて(11月)
作者等を調査中

京都府出身
山口誓子<1901-1994>
大阪城豊国神社にて

花盛ん
  築城巨石又盛ん

(TM氏)

写真クリックで11月の
別の写真が出ます
福井県出身
皆吉爽雨<1902-1983>
ホトトギス派の重鎮
元俳人協会副会長
大阪城豊国神社にて


刻々に
大秋晴となる如し

(TM氏)

写真クリックで11月の
別の写真が出ます


藤田露紅
大阪府 五月山公園にて
五月山に
 たまたま登る暮の春
」 

蝸牛廬文庫
池田市観光協会から句の
説明を頂いた
池田市の歴史などが
池田学講座で学べる
中村若沙<1894〜1978>
大阪府 五月山公園にて

もろともに
 憩ひ 春蝉 聞くことに


後藤夜半<1895〜1976>の句碑
大阪府 箕面公園 大滝にて(TM氏)


瀧の上に水現れて
  落ちにけり


野村泊月<1882〜1961>
箕面公園 昆虫館付近にて


椎の花     ・
八重だつ雲の如くにも

この句碑の辺りが
五月山断層が走る 


参考;
*摂津の句碑



兵庫
1.2 兵庫の句碑
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神戸市兵庫区時宗西月山真光寺にて(12月) 句碑  クリックで拡大
河野静雲(こうの じょううん)<1887〜1947> ホトトギス同人、
虚子門下の時宗俳僧 「白露や永久に聖の御跡ど

望月華山(もちづき けざん)<1897〜1973> 俳号四十艸
 藤沢時宗宗学林に入り寮監河野静雲に俳句を習う。
真光寺元住職 「菊剪つてわれ一介の祖廟守

 
尼崎市近松公園にて(8月) 句碑  中島双風<生年不詳>「
近松の所作の如くに散る落葉」 右は調査中


神戸市西区太山寺にて(11月) 句碑
作者不詳「月天心 播磨風土記の山低く

神戸市西区太山寺にて(11月) 句碑
作者不詳「焚かねども寄り処としたる夏炉かな

神戸市西区太山寺にて(11月) 句碑
作者不詳「窯出しの さめゆく音や 今朝の秋

神戸市西区太山寺にて(11月) 句碑
作者不詳「ためらひて菩薩に粉す練供養


竹田三波出身 松本漱水<生年不詳>
昭和50年勅題夏草や坂にうすもる戦国史」 
昭和50年大阪文化祭「
墓だけのつながり故山夕焼ける
注)昭和50年勅題は祭、坂は昭和51年の勅題である



 西宮市 広田神社にて(1月) 
俳誌「ホトトギス」編集長
稲畑廣太郎<1957〜>
桐一葉落ちて信号変りけり

 西宮市 広田神社にて(1月) 
 山口誓子<1901〜1994>
 「
神代より
 この黒き闇 木下闇

神戸市
生田神社にて(1月)
五十嵐播水
<1899〜2000>

初暦 
めくれば月日 
流れそむ」

参考
 神戸市生田神社
 生田池にて(1月) 
 「
噴水の
 しぶき天衣の 舞ふごとく
 」
 小路紫峡<生年不詳>
 
 「
ひひな顔
 したる巫女たち 初神楽

 小路智壽子<生年不詳>

神戸市生田神社にて(1月)
子日庵一草(ねのひあんいっそう)
<1732〜1820>
神垣や
 又とをらせぬ
   梅の花

源平合戦の際に、
源氏の若武者梶原源太景季が
咲きほこる梅の一枝を手に折って箙にさし、
獅子奮迅の働きをした故事をふまえ、
この生田の森は
「神聖な境内であるから
二度と箙の梅は折らせない」
と詠んでいる。

五十嵐播水<1899〜2000>
曼珠沙華 幼き記憶 みな持てり」
姫路市書寫山圓教寺にて(2月)

 神戸市須磨離宮公園にて(2月)
阿波野青畝(
あわの せいほ)<1899〜1992>
須磨涼し 今も昔の 文の如」 

 世界遺産姫路城にて(2月) 
 子節<生年不詳> 
 「
千姫の 春やむかしの 夢の跡 

 姫路市書寫山ロープウェイ山麓駅にて(2月)
 森 澄雄(もり すみお)<1919〜>
 「
西国の 畦曼珠沙華 曼珠沙華
正岡子規<1867〜1902>

暁や
 白帆過ぎ行く
   蚊帳の外

須磨寺にて


*全国の句碑
三好兵六<>
夫婦とは 
なんと佳いもの 
向かい風

須磨寺にて


木の葉句会 二十七句
須磨寺にて
*須磨寺の句碑・歌碑

阿波野青畝
(あわの せいほ)
<1899〜1992>
日本の
臍と定まる
枯野哉

兵庫県西脇市
日本へそ公園にて

参考

五十嵐播水1899〜2000 
「香煙にふりこむ雪や初大師」 

須磨寺にて *須磨の句碑等 

 与謝蕪村<1716.〜1784>
 「笛の音に波もよりくる須磨の秋
 須磨寺にて

神田松雲<生没年調査中> 
花千母登 
むかし稚木のさくら哉」

須磨寺にて *須磨寺の句碑・漢詩 

 槇屋西月<1781〜1841> 
 「ふる雨も清水になるや花のおく」
須磨寺にて

松尾芭蕉1664〜1740

須磨寺や
 ふかぬ笛きく
  木下闇

須磨寺にて

須磨寺元貫主
小池真禅
<生没年調査中>

墨跡碑 

無心
裏面淡如雲
須磨寺にて

瀬川露城<生年調査中〜1928>
稲妻の ひと夜冷やして 須磨の海
須磨寺にて
写真クリックで須磨観光協会の写真にリンク
*須磨の句碑・歌碑


須磨で療養中の 正岡子規<1867〜1902>
読みさして 月が出るなり 須磨の春
須磨 現光寺にて

右は 松尾芭蕉1664〜1740
見渡せば 眺むれば見れば 須磨の秋

小河六平<生年不詳〜1961>

海の色
 幾代わりして
 梅雨の須磨

須磨寺にて

須磨寺にて
代俳句協会副会長
伊丹三樹彦<1920〜>

くらやみになおも花散る平家琵琶」
「甘酒にいま存命の一本箸」
「長き夜の楽器かたまりいて鳴らず」
「手のひらに予言の重き寒卵」
「僕捨身日暮の沖でさびさび浮く」



須磨寺にて

尾崎放哉<1885〜1926>

「こんな良い
 月をひとりで
  見て寝る」


三友会 九年母誌 初代主宰
五十嵐播水<1899〜2000>の句碑
 兵庫県 須磨公園にて


初空や帯のごとくに
   離宮道

(TM氏)
*須磨の句碑  *句碑歌碑


神戸市須磨公園にて(TM氏)

伊丹市が生んだ
現代俳句協会副会長
伊丹三樹彦<1920〜>の句碑


くらやみに  ・
なおも花散る
平家琵琶

その他 



神戸市須磨公園にて(TM氏)

三友会 {九年母}誌主宰
五十嵐哲也<1929.〜>の句碑


新緑の
  離宮に尖る
    風のなく


神戸市須磨公園にて(TM氏)
正岡子規<1867.〜1902>の句碑

暁や白帆過ぎゆく蚊帳の外



兵庫県 須磨寺にて(TM氏)
与謝蕪村<1716.〜1784>の句碑

笛の音に波もよりくる
   須磨の秋


 

六甲麻耶山天上寺参道にて
林 大馬<不詳>


たんぽぽや
 少年の日の
  いつかなし

麻耶山 天上寺にて

阿波野青畝
(あわの せいほ)<1899〜1992>


なつかしの濁世の雨や涅槃像

阿波野青畝の写真


 
麻耶山天上寺にて 与謝野蕪村<1716〜1784>菜の花や月は東に日は西に
右は同天上寺にて 橋本多佳子(はしもとたかこ)<1899〜1963>仏母たりとも女人は悲し潅仏会


山田弘子     
浴びるほど     
とは峰寺の時鳥
」 
麻耶山 天上寺参道にて  
      
クリックで拡大         

小路紫峡
碧天の摩耶に五月の来たりけり
麻耶山 天上寺参道にて

加藤 拝星子(かとう はいせいし)
<生年調査中>


「首すじに
  雪遠くより海の音」

「春鏡 
  若さ戻らぬ 貌うつす」

六甲山 サンライズ道路にて


上島鬼貫<1661〜1738>
世を泥と見る目も白き蓮かな
兵庫県 伊丹市 昆陽池公園にて
写真クリックで部分拡大にリンク
兵庫県伊丹市の歌碑・句碑
兵庫県 伊丹市 
昆陽池公園にて
兵庫県伊丹市の歌碑・句碑
日野草城<1901〜1956>


かいつぶり
さびしくなれば
くぐりけり


上島鬼貫<1661〜1738>
月なくてひるは霞むや
こやの池

兵庫県 伊丹市 昆陽池公園にて
写真クリックで部分拡大にリンク


三友会 九年母誌 初代主宰
五十嵐播水<1899〜2000>
神戸市灘区王子動物園内にて


船灯り朧夜となる港かな

昭和53年3月吉日に建立
参考資料 写真は(TM氏)

与謝蕪村<1716〜1783>
兵庫県宝塚市中山寺梅林にて(TM氏)
やぶ入は中山寺のおとこかな
右下の「夜半翁」(蕪村の俳号やはんおう)
捺印により蕪村の自筆と思われる

昭和56年11月13日に
游俳の人 小谷省三氏が建立した





大阪府花道家協会元三代会長
花道紫雲華 初代家元
筒井紫雲の句碑
兵庫県 中山にて(TM氏)

花塚の
 語り継がれん
   薄紅葉

布引坊栄滝
兵庫県布引の滝にて
(TM氏)

涼しさや
嶋へかたふく
夕日かけ



兵庫県 明石が生んだ俳人
原田合浦の句碑
明石城にて (TM氏)


落葉降る昔より降る ・
城の道



俳句誌 「漁火」創刊者
横山蜃楼<1885〜1946>の句碑
 兵庫県 明石城にて(TM氏)
蜃楼の句碑


(もず)の声
  屈する処無かりけり

 



兵庫県川西市
多田院多田神社境内の句碑




京都
1.3 京都の句碑
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京都府北区日蓮宗大虚山光悦寺にて(9月) 
水原秋桜子<1892〜1981> 
クリックで拡大
紅葉せり 徒(つ)らぬき立てる 松の幹


 
京都市左京区真正極楽寺にて(4月)  芭蕉の弟子去来の寺真如堂境内の句碑 
クリックで説明板
向井去来<(1651〜1704>の句 「涼しさの野山に滿つる念仏かな

 
京都市左京区真正極楽寺真如堂にて(4月) 芭蕉の弟子去来の寺塔頭覚円院
の句碑 作者不明 クリックで拡大
「忌につどふ去来の寺の栗の飯」 
右の句碑は「宝永元年九月の露の滋かりき

 
京都市左京区聞法山頂妙寺にて(2月) 塔頭真浄院にある句碑 クリックで拡大
句碑は太田久佐太郎
<1891〜 1955> 「冠翁忌わがあしあとに耳澄ます
注)冠翁忌とは江戸時代中期の俳人で、京都の雑俳点者堀内雲鼓(ほりうち うんこ)<1665〜1728>
の命日忌(5月2日)を云う。  昭和9年冠翁(堀内雲鼓)の墓碑を「文芸塔」太田久佐太郎、
長田晃州らにより発見され、同年「冠翁忌」が制定された。
 頂妙寺のページへ


 
京都市東山区 長楽寺にて(10月) 長楽寺境内の句碑 クリックで拡大
左写真 村田橙重<1886〜没年不詳> 喜寿に詠む 「
百八の一つをつきぬ除夜の鐘
写真 夜半亭(蕪村の弟子)若夢 「
閑居鳥我あるからに聞くからに
長楽寺のページへ



京都市東山区円山公園東奥  安養寺にて(9月) 安養寺境内の句碑
桂樟蹊子<1909〜1993>
露けしや真葛ヶ原に石の階」 クリックで拡大
桂樟蹊子は京都市生まれで水原秋桜子門下。京都馬酔木会を起こし、「霜林」を主宰。


 
京都市東山区大谷本廟にて(2月)    クリックで拡大
詠人不詳句碑
朝夕に 御法きけとや つげの鐘」 
右は京都市東山東本願寺東山浄苑にて(2月) 中村汀女と弟子の句碑
中村汀女<1900〜1988>伴ひて清水も阿蘇も見すべきに
     
汀女の弟子明子泣かしめよ山茶花白き師の前に

 
京都市中京区にて(9月) 神泉苑 蕪村句碑
与謝蕪村
(1716〜1784)名月や 神泉苑の 魚おどる
写真クリックで句碑の文字部分拡大

 
京都市北区臨済宗天竜寺派 
万年山等持院 境内にて(8月)
香川県小豆島の俳人 赤松柳史の句碑
 「煩悩はたえず 南瓜を両断す」
右は赤松柳史の高弟 青山柳為の句碑 「芙蓉池に風あるやなし 落花舞ふ」


京都市左京区平安神宮神苑にて(5月)昭和天皇即位六十年記念碑
天皇御製歌「旅」「
遠つおやの しろしめしたる 大和路の
歴史をしのび けふも旅ゆく
クリックで句碑を部分拡大




都市永観堂にて(8月)
獅子門歴代句碑
作者不詳


水のあや
柳は春に
もどりけり

句碑はクリックデ拡大


京都市枳殻邸にて(2月) 彰如上人(東本願寺第23代法主大谷光演 号・句仏)<1875〜1943>

勿体なや祖師は紙子の九十年


嵯峨二尊院にて(11月) 二尊院句碑
 高浜虚子<1874〜1959>
散紅葉こゝも掃きゐる二尊院


嵯峨二尊院にて(11月) 二尊院句碑 丸山海道<1924〜1999>丸山佳子<不詳>夫妻
春深し佛の指の置きどころ」   丸山海道
萩咲かす二尊に触れて来し風に」 丸山佳子


常寂光寺にて(11月) 高桑義生<1894−1981> 
 「落葉ふんで道新しくひらけたり


京都府高雄山神護寺 かわらけ投げの手前付近
能村登四郎  <1911〜2001>の句碑
 「初紅葉せる羞ひを杉囲み」  写真クリックで拡大



山科区隨心院にて(9月) 小野御苑への小路の句碑
細井道子<不詳>

燃えた日は風の色まで朱に染める」
「愛された深さで咲かす梅雨の花


 
京都市山科区天台宗毘沙門堂にて(7月) 作者不詳 宸殿の左近の梅として愛でる
右は同毘沙門堂にて(7月) 作者不詳 「初寅の頂点となる大焚火

京都大原
三千院にて(4月)

小塙徳女<生年不詳>
魚山の名 
  ここと千年
   冬木立
 京都府八幡市にて(4月)
 淀川背割り桜の句碑(KK氏)
宝井基角<1661〜1707>
新月や
 いつをむかしの 男山

山本荷兮
(かけい)<1648〜1716>
岩清水八幡宮の石清水臨時祭を
想像して詠んだという(参考
沓音も
 しずかにかざす 桜かな


説明文クリック拡大


京都市東山智積院にて(3月)

 高浜虚子<1874〜1959>
ひらひらと
 つくもをぬひて
      落花かな



「つくも」とは太藺
カヤツリグサ科 ホタルイ属



クリックで拡大
 
  京都市伏見区御香宮神社にて(3月)
 桃山天満宮内の句碑

 松尾芭蕉<1644〜1694>

梅が香にのっと日の出る山路かな
芭蕉の全句

 向井去来<1651〜1704>

応々といえど敲くや雪の門


 京都市にて(2月)
 大日本武徳会
 武道専門学校(現在は京都市
 武道センター)教員
 鈴鹿登(野風呂)の句碑説明板

 写真左は鈴鹿登(野風呂)の句碑
 「風薫る左文右武の学舎跡
 写真クリックで句碑、説明板拡大

京都東山 東大谷にて(11月)
第二十三代 彰如上人
大谷光演<1875〜1943>
口あいて落花ながむる子は仏

高台寺塔頭月真院前の句碑(11月)
八木芹舎<1804〜1890>

見あかぬよ 
見ぬ日も無くて東山


京都市円山公園にて(11月) 作者不詳
 「
月雲も恋もことさら東山


長岡京市 長岡天満宮にて(10月)
桂樟蹊子<1909〜1993> 
しら梅の離々とたかきは神います
参考 作者の人脈 参考2 

長岡京市 長岡天満宮にて(10月)
塩田藪柑子<1928〜> 「
文道の宮の余光につつじ燃ゆ
花野里美 「
風韻に心耳を澄ます梅の宮
  
田上菊舎<1753〜1826>
山門を 
  出れば日本ぞ 
    茶摘うた

菊舎が萬福寺の中国風の雰囲気に酔い
三門を出て宇治の茶畑から茶摘うたが聞こえて
日本にいる我に返ったという

宇治市黄檗山萬福寺にて(12月)

 宇治市三室戸寺にて(11月) 
松尾芭蕉<1644〜1694>
山吹や宇治の焙爐の匂うとき

 宇治市三室戸寺にて(6月) 
 岡井省二(おかいしょうじ)<1925〜2001>
 「
あじさゐの色をあつめて虚空とす

 福知山市御霊神社にて(3月) 
光秀を讃える川柳句碑 

免税と決めて光秀名を残し

保田與重郎<1910〜1981>
何もない
 庭の日ざしや 冬来る

京都市嵯峨落柿舎にて(11月)

元京都大学総長 俳人塔竣工祭の折の作
澤 興
(ひらさわこう)<1900〜1989>
春の雨 天地ここに 俳人塔
京都市嵯峨落柿舎にて(11月)
荒廃していた落柿舎を再興した二世庵主 
井上重厚(いのうえじゅうこう1738‐1804>が建立
洛中最も古いとされる句碑

向井去来<1651〜1704>
柿主や 梢はちかし あらし山

京都市嵯峨落柿舎にて(11月)

落柿舎 八世庵主 山鹿栢年<>
足あとも はずかし庵の わかれ霜
京都市嵯峨落柿舎にて(11月)

松尾芭蕉<1664〜1740
五月雨や 色紙へぎたる 壁の跡

京都市嵯峨落柿舎にて(11月)

落柿舎十一世庵主
工藤芝蘭子
(くどうしらんし)
<生年調査中>
十三畳半の落柿舎冬支度
京都市嵯峨落柿舎にて(11月)

高浜虚子<1874〜1959>
凡そ天下に去来ほどの
小さき墓に詣りけり

京都市嵯峨落柿舎にて(11月)
京都市嵯峨
松尾大社にて(11月)

句碑の内容調査中

俳誌「蟻の塔」主宰
石川県俳文学協会顧問
塩田藪柑子夫妻の句碑
京都府 長岡天神にて

文道の宮の余光に  ・
つつじ燃ゆ
」藪柑子
 「
風韻に心耳を澄ます ・
梅の宮
」花野里美
 (KK氏)
藪柑子



松尾芭蕉 <1664〜1740>
古池や
 蛙飛びこむ
  水の音

京都市 東福寺通天橋の近くにて

写真クリックで句碑拡大
「婦る池や 蛙飛びこ無 水の音」
京都市 東福寺にて
阿波野青畝<1899〜1992>
二三言恋めくもよし
紅葉酒



阿波野青畝の写真

如空<774〜8355>
通天へ来て皎月を見とれけり

注)皎月とは白く光る月の様子をさす
京都市 東福寺 通天橋の脇にて

注)如空は空海のことらしい
与謝蕪村<1716〜1783>
と思われる句碑
京都府 天橋立にて


はしだてや  ・
松は月日のこぼれ種


読み方を天橋立ビューランド様に
教えて頂きました





臼田亜浪(うすだあろう) <1879〜1951>
「曙や比枝のかすみの
  街へのび」
 
京都市 城南宮庭園にて
(比枝は比叡と思われる)
松尾いはほ<1882〜1963>
椿落ちて
 林泉の春 動きけり

京都市 法然寺 にて
(TM氏)


梅通<1796〜1864>
花乃」影 澄や岩間の
和すれ水

京都市 熊野若王子神社
(くまのにゃくおうじじんじゃ) にて
(TM氏)

京都市嵯峨宝厳院付近にて(11月) 句碑

京都市嵯峨宝厳院付近にて(11月) 句碑

京都市嵯峨宝厳院付近にて(11月) 句碑

京都市嵯峨宝厳院付近にて(11月) 句碑


京都市嵯峨宝厳院付近にて(11月) 句碑



滋賀
1.4 滋賀の句碑
句碑ペ一ジのトップ

坂本滋賀院門跡にて(10月) 実る花梨の傍に 松尾芭蕉<1664〜1740>
叡慮(えいりょ)にて賑ふ民や庭かまどはせを
芭蕉像 叡慮(えいりょ)とは 
句碑写真(右も)クリックで拡大

滋賀院門跡にて(10月)
虚子先生選 恵進<生年不詳>

春泥を踏みて滋賀院本坊へ

 岩間寺にて(2月) 松尾芭蕉<1664〜1740>
古池や 蛙飛び込む 水の音

大津市岩間山正法寺(岩間寺)にて(2月)
芭蕉池

 松尾芭蕉<1644〜1694>
「から崎の松は花より朧にて
 大津市近江神宮にて(10月)









 松尾芭蕉<1644〜1694>
 「
石山の石にたばしる霰かな
大津市石山寺にて(12月)

 桂樟蹊子<1909〜1993>
 
「漏刻の音とこしへに初日影
桂樟蹊子は1931年、水原秋桜子門に入り、
1935年、京都馬酔木会を結成 大津市近江神宮にて(10月)

 伊藤香舟女<生年不詳>
 
「楼門に湖脈打てる望の月

 大津市近江神宮にて(10月)
 

 大津市三井寺にて(6月)
 井上士郎<1742〜1812>
 
 「つくづくと
見て居れバちる
桜かな

井上士郎句碑
 大津市三井寺にて(6月)
松尾芭蕉<1644〜1694>
 
三井寺の 門たたかばや
 けふの月


日の名月を三井寺の門をたたいて、
修行僧たちに教えてあげなきゃ
 (湖上にて)、

榊莫山筆

写真をクリックすると10月
のものを拡大



豊田都峰<生年調査中>
山見えぬ日も山へ咲く桐の花
滋賀県湖東三山天台宗
松峰山金剛輪寺にて(11月)



松尾芭蕉 <1664〜1740>の句碑
滋賀県 永源寺にて

こんにゃくの
 さしみもすこし梅の花
」 

写真クリックで拡大
与謝蕪村<1716〜1783>
彦根市 彦根城内にて
写真クリックで説明板


鮒ずしや彦根の城に ・
雲かかる






奈良
1.5 奈良の句碑
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奈良市般若寺にて(10月) 境内の句碑右から 「唐びとが月をろがみし笠塔婆」 水原秋桜子<1892〜1981>
「般若寺のつり鐘ほそし秋の風」 正岡子規<1867〜1902> 
「散りたまる花や般若の紙の向き」 向井去来<1651〜1704>

「般若寺やほとけの庭に秋ざくら」 明奎<生年不明> クリックで拡大 

   
奈良市般若寺にて(10月) 境内の句碑右から 「秋の日の十三塔や日は西に」 高野素十<1893〜1976>
「獅子の背の菩薩涼しくおがまるる」 藤岡玉骨<1888〜1966> 「般若寺の石仏かざる水仙花」 明奎<生年不明>

「般若坂いくさがたりに夏の塔」 沙波<生年不明> クリックで拡大

   
奈良市般若寺にて(10月) 境内の句碑右から 「般若寺に返り咲く八重山吹や」 多津良<生年不明>
「大塔宮在せし寺や百日紅」 小牛<生年不明> 「般若寺にコスモス咲くや秋たかし」 明瑛<生年不明>
「双び立つ花野の寺の笠塔婆」 日月子<生年不明> クリックで拡大

  

般若寺にて(10月) 右から 「外向きに立たせる諸仏鵙高音」 藤岡玉骨<1888〜1966>
「般若櫃うつろの秋の深さかな」 阿波野青畝<1899〜1992>
「ちちろ虫十三塔をつつみ鳴く」 一邑<生年不明> クリックで拡大



明日香村聖徳太子生誕地橘寺にて(2月)季語、詠み人不詳
み佛のひざのぬくみの中にいる」 節子


奈良東大寺戒壇堂前にて(5月) 句碑 クリックで拡大
筒井盧佛<1892〜>
「大仏を要と月の東大寺」

 
奈良市西大寺にて(1月) 橋本多佳子<1899〜1963> いなびかり北よりすれば北を見る 六甲麻耶山天上寺にも多佳子の句碑あり
右は同西大寺にて(1月) 多佳子没後「七曜」継承主宰)堀内薫<生年不詳>「牡丹雪水に映りて水に入る」

 
奈良市西大寺にて(1月) 桂 樟蹊子<1909〜1993> 
菩提樹の 葉かげ行くべし 大茶盛
右は同寺にて(1月) 七曜俳句会 磯野莞人<生年不詳> 「塚の虫 茶葉人と なりてうく」 
西大寺の句碑

 
奈良市西大寺にて(1月) 河鹿主宰 磯野充伯<生年不詳> 「大茶会 一口めして 皆なごむ

右は同西大寺にて(1月) 阿甫<生年不詳>ふるさとの 霞に佛 こころかな

 
桜井市長谷寺にて(10月) クリック拡大 松尾芭蕉<1664〜1740
春の夜や 籠る人床し堂のすみ
右は同長谷寺にて(10月) 高浜虚子<1874〜1959 「花の寺末寺一念三千寺

 
桜井市長谷寺にて(10月) 小林一茶<1763〜1828> 此裡に春をむかひて我もけさ清僧の部也梅の花
右は同長谷寺にて(10月) 阿波野青畝<1899〜1992>今日の月長いすすきを活けにけり

 
明日香村飛鳥寺にて(2月) 松瀬青々門下の弓場 保<生年不詳> 「
飛鳥なる花の夜明けを見そなわす
右は同飛鳥寺にて(2月) 松瀬青々<1869〜1937> 飛鳥大仏 ましまして斗帳に花の主かな


 
 奈良県葛城市當麻寺にて(3月)  阿波野青畝 <1899〜1992>朝ぼらけ双つの塔と牡丹かな
右は同當麻寺にて(3月) 坂田杉峨<生年不詳>  「初日あまねしふたかみ山の裾ぐらし

 
奈良県葛城市當麻寺にて(3月) 高木浪華<1888〜不詳> 「杖憚らず花に王たり牡丹かな
右は同當麻寺にて(3月) 辻本穆村(ぼくそん)<1909〜不詳> 「東塔より明るさ戻す牡丹かな


阿波野青畝(あわの せいほ)<1899〜1992>
目つむれば蔵王権現後の月
奈良県 吉野にて(10月) 金峯山寺 蔵王堂

奈良県吉野 竹林院群芳園にて(10月)
詠人不詳
四方山や花にかすみてよしのかわ

正岡子規<1867〜1902>
柿くへば
鐘が鳴るなり
法隆寺

法隆寺にて


句碑の裏面


和歌山
1.6 和歌山の句碑
句碑ペ一ジのトップ

和歌山県 根来寺にて
松尾塊亭
(かいてい)<1732〜1815>の句碑
反椀にむかしをおもふ
  山さくら
」   ・ 

和歌山県 紀三井寺にて
 松尾芭蕉<1664〜1740>

見上久れは
さくらしまふて ・
紀三井てら
」   ・ 


写真クリックで拡大
  
和歌山県 風猛山(かざらぎざん)粉河寺にて

句碑建立は、どちらも天保14年(1843)
句碑説明板の写真クリックで拡大

松尾塊亭(かいてい)<1732〜1815>の句碑
風猛(らぎ)の名に似ぬ里の 
  小春かな
」   ・ 

和歌山県 粉河寺にて
松尾塊亭の門弟
吉田五橘亭<生没年不詳>の句碑

水も嘸(さぞ)
     白き粉河の山桜
」  


和歌山県 高野山奥の院にて
池大雅の筆


松尾芭蕉<1664〜1740>の句碑

父母のしきりにこひし雉子の聲」 
和歌山県 粉河寺にて
松尾芭蕉<1664〜1740>の句碑

ひとつぬきて
     うしろにおひぬころもかへ
」   ・ 


宝井其角<1661〜1707>
卵塔の鳥居やけにも神無月
和歌山県 高野山奥の院にて
写真クリックで拡大


高浜虚子<1874〜1959>
炎天の空美しや高野山
和歌山県 高野山奥の院にて
参考和歌山の句碑
三友会 {九年母}誌主宰
五十嵐播水<1899.〜2000>

松蝉や熊野古道草の中

和歌山県田辺市中辺路町栗栖川
    (熊野古道)滝尻王子 にて

三友会 {九年母}誌主宰
五十嵐哲也<1929.〜>

滝尻や夕日に鮎の 
また掛かり」

和歌山県田辺市中辺路町栗栖川
    (熊野古道)滝尻王子 にて


五十嵐哲也は 五十嵐播水の子


北陸
1.7 北陸の句碑
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 福井県 丸岡城 にて(TM氏)

松尾芭蕉 <1664〜1740>の句碑

初しぐれ猿も ・
小蓑をほしけ也




金沢市にて(TM氏)

金沢市出身
高島筍雄(じゅんゆう)<1910〜2005>

桐の花朝日拝むと
人つどふ
」 

金沢市にて(TM氏)

兵庫県氷上郡芦田村
(現、丹波市青垣町 )出身
細見綾子<1907〜 1997>

鶏頭を三尺はなれ
もの思う
」 




福井県丸岡城にて(TM氏)
皆吉爽雨<1902〜1983>の句碑

汗引いて  
山河やうやくふるさとぞ

皆吉五郎(五浪)<1845〜1921>の句碑
(写真の右の黒い嵌めこみ)
一廻りして  
元の坐の花見かな

爽雨は五浪の長男
松尾芭蕉 <1664〜1740>の句碑
 石川県兼六園にて
(TM氏)

あかあかと  
  日は難面
(つれなく)も 
秋の風






前田普羅(まえだふら)<1884〜1954>
「うしろより 初雪降れり 夜の町」
「大雪となりて 今日より お正月」
「雪の夜や 家をあふるゝ 童声」
「雪山に 雪のふりゐる 夕かな」
「 オリヲンの 真下直立つ 雪の宿」


富山城址公園にて(10月)(TM氏)
北川蝶児きたがわちょうじ)<1898〜1972>
萩らしき
もののゆれいる 無月かな

北川秋閭
きたがわしゅうりょ)<1898〜1975>
歩をとめて
みている萩に かげうまる

北川夫妻の比翼句碑

富山城址公園の
富山美術館前にて(10月)(TM氏)
竹久夢二<1884〜1934>
小春日に 眼閉じて死なむと 
  きみのいうなり

夢二は恋人の笠井彦乃と湯涌温泉に
滞在したきの歌
写真クリックで解説板

石川県金沢市湯涌温泉にて(10月)
(TM氏)

松尾芭蕉<1664〜1740>
春もやや
けしき調ふ
月と梅

石川県金沢市
本長寺にて(10月)
(TM氏)

本長寺説明板


石川県金沢市願念寺にて
(10月)(TM氏)

松尾芭蕉
小杉一笑の死を
悼んで詠める句

塚も動け我が泣く声は秋の風

長久寺にて(10月)(TM氏)
松尾芭蕉 <1664〜1740>
「ある草庵にいざなはれて」
秋涼し手毎にむけや瓜茄子
   


四国
1.8 四国・中国の句碑
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佐藤哲山の句碑
高知県 五台山竹林寺にて
(はらわた)の   ・
汚れ濯がん苔清水


松尾芭蕉 <1664〜1740>の句碑
高知県 五台山 竹林寺  にて


ほろほろと 
  山吹散るか滝の音


 *松尾芭蕉全俳句


 
松窓の句碑
高知県 五台山竹林寺にて

折々は   ・
枯るるも時の柳かな

松窓は白石出身か




似芳坊の句碑
高知県 五台山竹林寺にて

花はらむ
  梢の痩や冬木立


正岡子規<1867〜1902>
句碑
愛媛県 松山城リフト頂上駅 
長者ガ平にて


松山や   ・
秋より高し・
天守閣



写真クリックでリンク
 

三木朱城(みきしゅじょう)<>
吉備の野の 
藺田のさみどり 初詣

岡山県 吉備津神社にて(1月)(TM氏)
牧野富太郎<1862〜1957>の句碑
昭和8年 71歳
広島県芸北町
臥龍山のふもと八幡高原の
燕子花(かきつばた)自生地にて

(きぬ)にすりし   ・
 昔の里か燕子花




正岡子規<18671902>
のどかさや 小山つゝきに 塔二つ
広島県山陽道福山SAにて(10月)
岩国鵜飼振興に尽力した
村井一露と玉田空空子
詠んだ俳句

鵜飼の宿と 
いう高張りの 城下町
」 
玉田空空子

 
荒鵜鳴き 
夕月すでに 仰がるる
」 
 村井一露


岩国市錦川錦帯橋にて(10月)


その他
1.9 その他地域の句碑
碑歌碑ペ一ジのトップ

玉木春夫<生年調査中>
長野県 大王わさび農園で

逢ふときのあらむ夕陽の
花わさび


わさび田の原風景説明
写真クリックで拡

亀半(山岡鉄舟<1836〜1883>
降雪と
 力くらへや
  松の枝
」   ・ 
岐阜県 高山市 高山陣屋にて
亀半・小野鉄太郎
(山岡鉄舟の幼名)13歳
の句と筆


俳人協会会長
鷹羽狩行 <1930〜>の句碑
静岡県 伊豆伊東 大室山山頂にて

伊豆は日の     ・
   したたるところ花蜜柑










<以下編集中>

岩国

宮島

兵庫県加東市 御嶽山清水寺にて(11月) 

兵庫県加東市 御嶽山清水寺にて(11月) 

参考インタネット一覧表 *花を詠んだ俳句・短歌集  *百人一首  *松尾芭蕉全俳句 *全国句碑・歌碑めぐり 
 *文学人名索引 *全国人名辞典  *布引三十六歌碑  *須磨の句碑 *須磨句碑歌碑  
*箕面の句碑・歌碑 
*日本文学碑 *かな文字 *大津市の句碑・歌碑 *文学人名辞典 *日本辞典

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